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【市民ランナーのホームページBy東京・荒川市民マラソン2連覇の市民ランナー平沢直樹】
| 母さんもガンに克て。昨年(2004年)はランナーズの誌面や地方紙などで私の所属クラブ名としてよく掲載されていたのでご覧になった方もいるでしょう。ガンで闘病中だった母ゆめ子(2004年12月4日没・享年58歳)へ送るエールとして、優勝できたマラソン大会に限り、大会申し込み時の獨協大学OBから母さんもガンに克てへと名称変更をしていただいておりました(負けた場合には獨協大学OBのまま)。もちろん、その名称の記事を見るとすごく喜んでくれていました。ただ最初からこの所属クラブ名で申し込みをすると、負けたときに母もガンに負けるようで縁起が悪いので避けていました。しかし昨年の河口湖マラソンでは、初めて申し込み時点から「母よガンに克て」としていたのです。ところが私自身が寒さで力尽きて2時間34分で6位と負けてしまい、縁起の悪い結果となったことが母が力尽きることにもつながったのかなと思わずにはいられません。表彰式の頃、母は「直樹の河口湖マラソンの結果はどうだったの?」と病室へ見舞いに行っていた父に尋ねてきて、「6位だって」と答えると「そう…」とだけ言って落胆したそうです。母が亡くなったのはその6日後でした。 10月頃のことですが、母から「福岡国際マラソンには遠くて(体がつらくて)応援には行けないから、私でもなんとか応援に行けそうな地元の所沢シティマラソンのほうへ出て欲しい。所沢のロゴを胸につけて走って地元でも勇姿を見せて欲しい。」と要望があり、所沢シティマラソンへの申し込みをしました。11月上旬に症状がさらに悪化して痛みでほどんどしゃべれなくなったあとも、応援に行きたいと楽しみにしていました。ただ、結局は退院することなく残念な結果となってしまいました。亡くなったのは、楽しみにしていた所沢シティマラソンのレース前日のことでした。その日はとても悲しい気分になり、布団に入ったあともなかなか寝付けませんでした。さすがに次の日のレースは取りやめようかとも思いました。しかし悩んだ末に、私の活躍をずっと楽しみにしていた母のことだから、自粛ではなく出場して地元で勇姿を見せるほうをきっと望んでいるに違いないと思い出場しました。 1位の賞状を出棺のときにぜひ持たせてあげたいと頑張り、母が望んでいたとおりに優勝をすることができました。応援に来てくれた彼女が遺影を手元で掲げてくれていたので、スタートとゴールを母にも見せることができました。家に帰ってからすぐ、よく見えるようにと棺の中に優勝カップと優勝盾、金メダルの3点セットを供えたので、顔のまわりがにぎやかになっていました。出棺の前には、これらの金属系のものは取り出さなくてはなりませんでしたが、天国でも友達に自慢できるようにと賞状を手向けに持たせてあげました。 私は寒さと雨にはかなり弱く、「暑さには強いから、晴れて気温が20度以上になってくれたら理想なんだけどなぁ」と願っていました。レース当日の早朝は雨が降っていたので弱気になっていましたが、7時過ぎにはどんどんと晴れ渡り始めて、気温も12月としては異常なくらいの暑さとなり、私にとってまさに絶好の気象条件となってくれたのです。レース前、彼女に「晴れて暑くなってきて良かった」と話したところ、「お母さんが祈ってくれたんだよ」と返事が返ってきました。走っている間はずっと、まるで母が空から見守ってくれているような心境でした。ゴール後には抑えていた気持ちがこみ上げてきたのか、泣き崩れてしまいしばらく起き上がれませんでした。 昨年の第7回東京・荒川市民マラソンが、最後に母が応援に来てくれたレースとなりました。ケーブルテレビで中継された映像には、優勝ゴールが目前のラスト200mのあたりから「直樹がんばれ〜!直樹えらい!」と叫びながら併走している母の声と姿がしっかりと映っています。ビデオでそのシーンを再生する度に涙がこぼれてきますがとても元気付けられます。 母さん、今までマラソンの応援ありがとう!これからも天国からの応援よろしくね。 |
| 母の趣味は歌を歌うことでした。カラオケの採点機で採点をするといつも90点以上で、何回歌っても100点満点が出る曲も何曲かあったほどです。とても声量があり肺活量が優れていたようで、私の心肺機能は母譲りなのかもしれません。スポットライトを浴びることがとても大好きで、歌のステージで人前に立つことが快感だったそうです。そんな母の性格を引き継いだのか、息子である私も(表彰式などの)ステージでスポットライトを浴びながら(優勝インタビューなどで)マイクを握ることが好きになってしまったようです。歌をカセットテープに録音することが好きな母と、マラソン大会で優勝テープを切ることが好きな息子。親子ふたりして、どうやらテープには縁があるみたいですね。 バイタリティに溢れていて、高校時代には北海道出身だったのにもかかわらず、当時大好きだった三波春夫さんに会いたいからと、修学旅行で東京に来たときに楽屋を訪ねて親しくなり、ついにはご自宅に招かれるまでにもなったそうです。「三波さんには歌を指導してもらったこともあるのよ♪」とよく楽しそうに話していました。また短大の入学式では、式典の開始前にステージに上がって歌のワンマンショーをおこなったところ、劇団のスカウトに来ていた人の目にとまり、スカウトマンが母の実家をわざわざ訪ねてきたこともあったとか。さらに就職して上京した後も、吉永小百合さんのご親戚の方に気に入られて、彼女の後援会会長を引き受けてくれないかと声をかけられたり、テレビ出演が大好きでよくゲスト視聴者として出ていたところ、独自のキャラクターが気に入られたようで、某テレビ局の番組制作プロデューサーが、レギュラー番組出演の依頼のために家を訪ねてきたりするなどの様々な逸話がありました。 母は人に夢を与えることや、元気付けることが好きだったようです。通夜に参列してくださった母の友人は皆一様に「平沢さんにはいつも元気をもらっていたわ」とおっしゃっていました。 |
闘病中の母へ(2004年5月ひらめ樹作詞)
| 僕が小さかった頃 いっぱい歌を作ってくれたね 替え歌ばかりだったけど 心のこもった子守唄 どんな歌だったかはあまりよく覚えていない でも母さんはいっぱいの「なおきの唄」を作ってくれた いつまでも覚えているよ 母さんの歌好きなところ 親ばかなところ そして「警察のバカヤロー!」 元気になってまた叫んでみる? 「警察のバカヤロー!」そして「ガンのバカヤロー!」 たんすの中にはマラソンの参加記念Tシャツがいっぱい だけど 心の中のたんすには母さんの思い出がいっぱい いずれ僕にも子供ができたら… 母さんが唄を作ってくれたこと 母さんが遊んでくれたこと 母さんがいろいろと応援してくれたこと その思い出を古着として 少しずつ子供に着せてあげたい ずっと古着には困らないね 心の中のたんすには いっぱいの思い出が詰まっているから |
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【東京・荒川市民マラソンの大会開催要項やレース結果、コースや気象条件の特徴などの大会案内】
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【陸上競技Web相互リンク集/マラソン相互リンク集/ランニング相互リンク集】
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