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【市民ランナーのホームページBy東京・荒川市民マラソン2連覇の市民ランナー平沢直樹】
| 初マラソンを完走した直後は精神的にも肉体的にも疲れていたので、しばらくの間はまたフルマラソンを走ろうとは考えられませんでした。心身共にリフレッシュさせるのには時間がかかり、ホノルルマラソンで2度目のフルマラソン出場を果たすまでには9ヵ月間もかかりました。それがいつの間にか年間のフルマラソン出場回数は激増の一途をたどり、2000年度はたった3レースだけだった出場レース数が、2001年度は6レース、2002年度は12レース、2003年度は14レースと増え続け、2004年度はとうとう年間15レースという過去最多出場年度になりました。 なぜこんなにも多く出場するのか?それは私が好きなのは「走ること」というよりも「レース」なので、大目標を目指す上で疲労を溜めないようにとレース間隔をあまり空けすぎると、逆にモチベーションが下がってしまい、練習に身が入らなくなってしまうという悪影響があり得るからです。つまり私の場合は、好きなレースにガンガン出場することによってモチベーションが上がり、質の高い練習にも取り組めるようになれるので好結果に結びついているのです(ここ数年のデータをみると、面白いことに出場回数の増加とベストタイムの向上が比例してアップしています)。それに、自己記録更新を狙おうと例え出場を1レースだけに絞り、最高の状態に体を仕上げたとしても、当日の気象条件やレース展開に恵まれなければ望んだタイムは出ません。しかしながら出場レースを増やすことにより、絶好の気象条件かつ絶妙なレース展開という、最高の条件にめぐり合える可能性も増やすことができるのです。また、優勝を狙おうと例え出場を1つのレースだけに絞り、最高の状態に体を仕上げてどんなに速く走ったとしても、自分よりも速く走りきってしまう人が一人でもいれば優勝にはなりません。しかしながら出場レースを増やすことにより、チャンスに恵まれて優勝回数をより多く積み重ねられる可能性も増やすことができるのです。まさにこれは、「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」作戦でしょうか(笑)。 |
| 「2兎追うものは1兎も得ず」ということわざは有名ですが、これを元にして私が考えたひらめ樹の座右の銘は「2兎追わないものは2兎を得ず」です。例え1兎だけに絞って追ったとしても必ずしも1兎を得られるわけではなく、仮にもし得られたとしても、最大でも1兎だけにしかなりません。しかしもし2兎追えば、もちろん欲張ったために1兎も得られない場合もありますが、挑戦している以上は最大で2兎得られる可能性があるのです。つまり、順位を狙う市民マラソン大会に数多く出場しつつ、ベストタイムを狙う国際マラソン大会にも出場し、さらにはTV中継に映ることを目標として長野マラソンや北海道マラソンなどにも出場すれば、挑戦している以上はその全てで目標達成することも充分あり得るのです。 |
| フルマラソンの完走回数では、2004NAHAマラソンでフルマラソン1000回完走を達成した市民ランナー●小島義一さんが有名ですし、よく練習会に参加させていただいている●神宮ACランニングクラブには、F森さんというサブスリー達成回数で200回を目指している市民ランナーもいます。彼らの挑戦している記録には肩を並べる自信はありませんが、私も何かしらのテーマでほかの人には達成できないことにチャレンジしたくなり、そして思いついたのが、1年間の単位年度におけるフルマラソン優勝回数やサブ2時間30分・サブ27分の達成回数にこだわるということでした。通算回数の記録ではなく、1年間の単位年度で何回達成できるのかという記録への挑戦は条件的にもきついので、おそらくチャレンジできる(しようとする)ランナー自体もほとんどいないでしょう。 2003年度はフルマラソンで優勝5回・サブ30分8回・サブ27分0回を記録して、2004年度は最終的に15戦して優勝5回・サブ30分10回・サブ27分7回となりました。果たして今年もフルマラソン自己年間記録を更新できるのかどうか、まずは2月13日の東京国際マラソンを目標に頑張ります。 |
| マラソンの起源が、古代ギリシャのマラトンの戦いに由来していることはとても有名ですが、「マラソンの日」と呼ばれる日もあるようです。それは紀元前450年9月12日、マラトンの戦いにおいてペルシャ軍を撃退したアテネ軍の伝令の兵士が、勝利の報告のためにマラトンの丘→アテネ市内の道のりを走りぬき絶命したといわれる日です。毎年、11月第一日曜日にはアテネクラシックマラソンというフルマラソン大会が、アテネオリンピックと同コースで開催されていますが、どうせなら開催日を「マラソンの日」にしたら記念になるのにと思わずにはいられません。 フルマラソンの距離がなぜ42.195qなのか?についてはいくつか説があり、有力といわれているのは、第4回オリンピック・ロンドン大会において、女王陛下が宮殿内からゴールを観戦できるように当初よりゴールを延長したところその距離が42.195qであり、ロンドン大会以降のオリンピックでもマラソン競技が同じ距離の42.195qで開催され続けたことから、いつしかそれがフルマラソンの距離となったという説です。マラトンの丘→アテネ市内が約40qだということもあり、もともとマラソンとは40q前後の距離を指していたようです。第1〜3回オリンピックや、オリンピックよりもわずかに歴史があるボストンマラソンでも最初は約40qというアバウトな距離設定で大会が開催されていました。女子の世界最高記録が樹立されたロンドンマラソンのゴールは、フルマラソンの距離発祥の地らしく、バッキンガム宮殿前がゴールとなっています。 |