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2004年第31回ベルリンマラソン完走記

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第31回ベルリンマラソン男子Result

  1. Limo Felix(Kenia)2:06:44
  2. Riri Joseph(Kenia)2:06:49
  3. Chelanga Josua(Kenia)2:07:05
  4. Onsare Wilson(Kenia)2:07:05
  5. Jesus Luis(Portugal)2:09:08
  6. 渡辺 真一(山陽特殊製鋼)2:09:32
  7. Novo Luis(Portugal)2:09:41
  8. Melese Gashaw(Ethiopien)2:09:47
  9. Macharia Isaac(Kenia)2:11:26
  10. Kipyego Ernest(Kenia)2:11:52

第31回ベルリンマラソン女子Result

  1. 渋井 陽子(三井住友海上)2:19:41
  2. 大南 博美(UFJ銀行)2:23:26
  3. Oberem Sonja(Germany)2:26:53
  4. Omwanza Beatrice(Kenia)2:27:19
  5. Aman Leila(Ethiopien)2:27:54
  6. Alagia Tiziane Italien)2:32:20
  7. Lewandowska Edyta(Polen)2:34:18
  8. Spitzm・ler Romy(Germany)2:34:44
  9. Zipse Manuela(Germany)2:37:18
  10. Rahm Anna(Schweden)02:37:32

【2時間20分切りを渋井陽子選手(三井住友海上)と共に目指す】

  9月26日午前9時(日本時間午後16時)スタートで、2004年第31回ベルリンマラソンが開催されました。渋井陽子選手(三井住友海上)が高橋尚子選手(スカイネットアジア航空・佐倉アスリート倶楽部)の持つ日本記録を更新したこの大会に私も出場してきました。目標は2時間19分台の自己新記録の樹立です。彼女のベストタイムが2時間21分22秒(今大会前までのベスト)で、私のベストタイムが2時間21分42秒とさほど見劣りしていないため、彼女をマークすることにより、大会主催者が2時間19分台の大会新記録を樹立させるために用意したペースメーカーをうまく風除けに利用してしまおうというのが作戦でした。
  国内で開催されている福岡国際マラソンや東京国際マラソン、びわ湖毎日マラソン、別府大分毎日マラソンなどではトップグループ対象に公式ペースメーカーが用意されますが、2時間20分切りを目標とするランナーのためのペースメーカーはいません。もともとそのタイムの前後で走るランナーがほとんどいないために(2時間15分以内を目標に走る実業団ランナーと2時間25分前後を目標に走る市民ランナーとに大きく2分割されるため)、出場資格が男女でカテゴリーわけされている国内のエリート大会では、私の目標タイムの達成はきわめて困難なことに思えました。そこで、男女同時スタートで高速コースと評判の名高いベルリンマラソンを目標レースとして選んだのです。
  大会3日前の木曜日の昼に日本を出国して、現地時間の木曜日の夜に到着しました。とても肌寒くて雨が降っていました。翌日の金曜日は歩いて観光を楽しみました。ベルリンの主要駅のひとつ動物園駅(ツォーロギシャー・ガルテン駅)に近い宿泊ペンション前をスタートして、まずはエルンスト・ロイター広場へと向かい、そこから6月17日通りを●ジーゲスゾイレ(戦勝記念塔)から●ブランデンブルグ門へと、●スタート地点ゴール地点付近の下見を兼ねて通り過ぎ、●フンボルト大学や●ベルリン大聖堂、●旧東ドイツ市庁舎(通称:赤の市庁舎)、●テレビ塔などをゆっくりと観光しながら約10qほどの道のりを歩いてまわりました。この日も昼過ぎからは雨が降り出しました。特にゴール地点のブランデンブルグ門を観光しているときは、どしゃ降りの雨でさらに突風も吹き荒れていました。そのため「大会当日がこんな天気なら好記録は絶望的だな、気温が寒いから当日は雨が降ってほしくないな」と、とても不安な気持ちになりました。期待とは裏腹に結局は土曜日も雨が降り、そして肝心な日曜日も雨となりました(ちなみに月曜日も雨。ベルリン滞在中はず〜っと雨ばかりでまるで梅雨のようでした)。しかし、雨は霧雨程度で風も前日までと比較すると微風でしたので、なかなか記録への期待がもてる気象条件だと好印象を感じました。そして高まる緊張の中、スタートラインへと向かいました。私のゼッケンは8686番(ハローハロー)。モーニング娘が出場していればぴったり(事務所名がハロー!プロジェクト)のおいしい番号ですね。出場選手は各々の持ちタイムによってスタート地点で並べる位置が区分けされているので、一般参加者としては最前列のポジションを陣取ることが出来ました。渋井陽子選手の真後ろです♪スタートの瞬間を待ちます。ズドーン!!大砲でスタートが合図されました。ついに2004年第31回ベルリンマラソンのスタートです。

まさかのコース取りミス!痛恨のタイムロスで世界歴代3位は幻に…】

  それはスタート後しばらく続く直線道路(6月17日通り)を3qほど進んだ、エルンスト・ロイター広場で右折するときに起こりました。ベルリンマラソンは多くのランナーがスムーズに走りだせるように、スタート直後の直線道路は片道3車線の大通りとなっています。スタート時の整列では、男子のエリートランナーは右車線側へ女子のエリートランナーは左車線側へと並ばせられます。したがって女子のエリートランナーは走りながら徐々に右車線側へと移動していかなければ、3q地点の広場で直角以上の急カーブのコーナーを右折するときに、大回になってタイムロスをしてしまうことになります。当然、大南選手は右折に備えて右車線側へと早めに移動をしました。私も彼女に少し遅れてから右車線側へと移動をしました。しかしながら、渋井陽子選手をリードするペースメーカー達には、右折コーナーが間近に迫っているにもかかわらず一向に車線変更をする気配がありません。「あのペースメーカー達は、はたしてコースをわかっているのか(試走しているのか)?」と心配になりました。結局、渋井陽子選手はペースメーカーにつられてしまい、対向車線も含めると6車線にもなる道路の右から4車線目という大外を、かなり大きく膨らみながら回るハメになってしまいました。コーナーに入る直前まで真横で併走していたのにもかかわらず、最短距離を効率よく回った私とはそこで一気に約10mの差がついてしまいました。タイムにして約2秒のロスです。記録をアシストするペースメーカーとしては致命的な大失態といえます。今回の優勝タイムは2時間19分41秒の世界歴代4位の記録で、歴代3位でありアジア記録でもある孫英傑選手の2時間19分39秒とはわずか2秒差だったことからも、もしもあのタイムロスがなければ、世界歴代3位タイ記録の可能性もあったのではないかと悔やまれます。まさに幻の記録でした。

【レース展開・気象条件の考察】

  雨は霧雨程度でしたので降っていてもさほど気にはならず、10q地点を通過した頃には上がってくれたので曇り空の絶好の条件となりました。湿度は雨の影響もあってやや高めだったように思います。しかし外気がちょっと肌寒いくらいでしたので、むしろのどが乾燥せずにいて結果的には良かったといえます。私のベルリンマラソンへの出場は今回で2回目となりますが、前回参加した3年前の2001年第28回ベルリンマラソン(高橋尚子選手が世界最高記録を樹立した大会)のときと比べて今大会のほうが風は弱めでした。あきらかに第28回大会よりも気象条件には恵まれており走りやすかったです。さらには高橋尚子選手(第28回大会)と渋井陽子選手(今大会)の両者でレース時の5kmごとのラップタイムの変動を比較してみると、コースが当時とは変更されているとはいえ、今大会のほうが全体的にムラのない平均ペースでラップタイムが推移しており、ペースメーカーの好リードが日本新記録の演出に功を奏したようにも思えます。そのため主観的な意見としては、単に日本記録を5秒更新したというだけでは、大会翌日の新聞の見出しにあったように「尚子越え」を果たしたと言い切ってよいものなのかどうなのかは疑問に思います。気象条件やペースメーカーの好リードなど、好記録を狙いやすい条件にいろいろと恵まれていたというのが2004年第31回ベルリンマラソンの印象でした。
  私は力不足のため32q地点までしか渋井陽子選手についていくことが出来ませんでしたが、そこまでの女子先頭集団の流れはまさに好記録を狙うのに理想的なイーブンペースでした。1qごとでのペース変動がほとんどなく、あっても1〜2秒程度のぶれしかなかったように思います。「あれ?テレビ中継で報道されていたバイクレポーターのタイムチェックでは、たしか1qごとでかなりのペース変動(5秒〜10秒)があったはずだぞ!」と思われた方もいらっしゃることでしょう。実はテレビで報道されていた1qごとのラップタイムには誤りがあったのです。おそらく担当のバイクレポーターは、道路わきの1qごとのキロ表示板をもとにしっかりとストップウォッチでチェックしていたと思います。ただ、その肝心なキロ表示板自体が、実際には正確に1qごとに置かれていなかったことで多くの視聴者が惑わされてしまったのではないでしょうか?5km関門ごとでは正確な距離なのですが、1qごとでは距離にして10〜20m前後のぶれがありました。どう考えても5km単位で帳尻を合わせていたとしか思えません。「1qごとのキロ表示板自体が正確に置かれていなかった」というのが、バイクレポーターよりも間近で日本新記録の走りを見ていた(32q地点まで)市民ランナーからの証言です。そもそも1qごとのペースがもし本当に5〜10秒も変動していれば、いくら私でも走っていて気づかないわけがありません。さらにいうと、大会主催者が契約するほどのプロのペースメーカー3人全員が、5〜10秒の上げ下げもわからないようなペース感覚のない人の集まりであるとも考えられません。以上のことから、今回のベルリンマラソンでの渋井陽子選手の走りを1qごとのラップタイムを元に分析・研究をしたとしてもそれは実際には意味を持たなくなってしまうので、5kmごとの単位で分析・研究することをお勧めします。
  また、私は渋井陽子選手が2時間21分22秒で3位に入賞した2002年のシカゴマラソンにも出場していたので、2001年ベルリンマラソンと2004年ベルリンマラソン、および2002年シカゴマラソンの以上3レースを気象条件の点から比較したいと思います。この3レースの中で、一番気象条件として悪い印象を持ったのは2002年シカゴマラソンでした。とにかく寒くて強風、これに尽きました。あの気象条件下にもかかわらず、よくぞ高岡選手は日本最高記録を、ラドクリフ選手は世界最高記録を樹立できたものだと感心してしまいます。レース回顧してみると、強風の中を中間地点の手前から一人で走り続けていた不遇な展開を考慮すれば、あのときのシカゴマラソンでの走りこそが渋井陽子選手のベストパフォーマンスだったのではないでしょうか。もしも今大会のようにペースメーカーに最後までリードしてもらえてさえいれば、2時間18分台後半の記録が樹立されていたように思います。シカゴマラソンでの走りを見る限りでは、今大会での2時間19分41秒の日本記録も彼女にとって決して限界のタイムではないはずです。まだまだ若いのでこれからさらに強く、もっと速くなれることでしょうヾ(^^ゞ))..( シ^^)ツ_フレーフレー。
  最後に、私の結果は2時間25分17秒で男子42位(総合44位)でした。5kmごとのラップタイムはこちらをご覧ください→●練習日記(トレーニングダイアリー)2004年9月分。9月26日付分のところに記載してあります。

ベルリンマラソン旅行の写真】

  一人で行ったためにいっしょに写真を撮る相手もいなくて、自分の写っていない景色ばかりの写真になってしまいました。ベルリンマラソン当日の写真が何もないのはちょっと寂しいですね(×_×)。マラソンゴール後にはユニフォーム姿で記念撮影しようと思っていたのですが、小雨がぱらつく寒い天候のために早く服を着てホテルで暖まりたいという気持ちがはやり、結局は記念写真を撮るのを忘れてしまいました。うっかりうっかり。さすがにレース中にカメラを持って走り、渋井陽子選手の横顔を激写するほどの余力はなかったですね(笑)。写真をご覧になられる方は下記の「2004年第31回ベルリンマラソン写真」をクリックしてください。

ベルリンマラソン関連リンク

大会案内はこちら→●「ベルリンマラソン」大会案内ホームページ

 写真はこちら→●2004年第31回ベルリンマラソン写真

 公式HPはこちら→●ベルリンマラソン公式HP

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