私が2004年度で最も強いと思った市民ランナーはさっしゃさんです。この年の初顔合わせとなったのは東京国際マラソン。競技場に戻ってきて、ラスト250mのあたりで突然に背後からランナーの息遣いが聞こえてきました。「あれ?後ろはかなり離れていて人影なんていなかったはずなのに…」とびっくりして振り返ってみると、その勢いよく迫ってきたランナーこそがさっしゃさんでした。ラスト180mあたりで一気に交わされて彼から4秒差でゴールしました。このレースでは前半からハイペースで飛ばして(ハーフ通過1時間09分57秒)、35q過ぎから大きく失速するも2時間23分43秒の自己新記録を達成(従来の記録を3分33秒更新)しました。さっしゃさんは私のひとつ後ろの大集団内でレースを進め、ハーフ通過は1分47秒差、30q地点では2分20秒差と広がっていました。ところがそこから猛追され、40q地点で51秒差となり、そしてゴール直前で交わされることとなったのです。
2度目の顔合わせとなったは4週間後のびわ湖毎日マラソン。東京国際マラソンでの記録をさらに2分01秒短縮する2時間21分42秒の自己新記録を達成しました。序盤は大集団でしたが、徐々に集団の人数も減っていき35q以降はとうとう二人きりになってしまいました。力強い足取りでずっと集団の先頭を走り続けていたランナーの背中を、離されないようにと必死で追い続けました。レース終盤に二人きりで走っているとき沿道から「信州大学、頑張れ!」という声援が聞こえました。そのとき、私の前を走るランナーがさっしゃさんであることに気づいたのです。東京国際マラソンでの4秒差の雪辱を果たすべく必死に粘り続け再びトラック勝負へ。しかし、またもや彼のスパートにラスト250mで屈してしまい、前回と同じく4秒差で敗れてしまいました。
3度目の顔合わせとなったは5週間後の長野マラソン。アテネマラソンへの招待権の獲得を目指しての出場でした。考えに考えた作戦は、「とにかくさっしゃさんについて行ってアテネまで引っ張ってもらっちゃうぞ!」作戦。東京・びわ湖と2戦続けてさっしゃさんのひとつ後ろの順位でタイム差も同じ4秒差だったこともあり、今度こそは先着するぞという意気込みよりも、どうせラスト200mぐらいまで勝負がもつれて、また4秒差で負けるんだろうなぁ…と少し弱気になっていました。しかし、このときは33q地点あたりから腹痛がどんどんひどくなってきて、35q地点の少し手前でとうとうついて行けなくなり、ゴール地点では4秒差どころか2分39秒差と大差がついてしまったのです。またもや、さっしゃ→ひらめ樹の定番順位に…。2004年度は3戦3敗で通算でも6戦1勝5敗。果たして再び先着できる日は来るのでしょうか?ともかく、びわ湖毎日マラソンでの自己新記録の達成は、30qからの向かい風の中をさっしゃさんが風除けになってずっと引っ張ってくれた(別にそんなつもりはなかったでしょうが…)おかげです。どうもありがとうございましたm(-_-)m。
次回の顔合わせは2005年の東京国際マラソンになりそうです。せっかくなのでさっしゃさんのひとつ後ろの順位を4戦連続で取れるかどうかの珍記録の達成を目指して頑張ります!
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