初めてりかちゃんのことを知ったのは2000年の富士登山競争です。彼女は、その前年の同レースで男子顔負けの好タイムで圧勝していたため、一体どんな人なんだろう?と興味津々でした。レースをスタートして1qぐらい走ったところで、私の背後に沿道の声援を大きく受ける女性ランナーが迫ってきました。その人こそママさんランナーりかちゃんでした。「よし、この人について行けば男子総合10位以内に入れるぞ!」と、彼女の背後にぴったりと張り付いて走ることにしました(注:●のり子大好きは胸につけてはいません)。しかし、意気込んで走れていたのもレース序盤の「中の茶屋」の手前まで。あまりの速さに私の力ではこのペースは持たないと思い、付いていくのを断念してマイペースで走ることにしました。この年は雨で悪天候のため、山頂コース部門は5合目打ち切りゴールでした。りかちゃんは女子の部門で圧勝!私は中盤以降ばてて歩くこととなり、寒さに震えながら彼女の20分後にゴールしました。5合目で、預けた荷物を探し出すのにも手間取り、バスで下山したころにはすでに表彰式は終わっていました。
次にりかちゃんを見たのは2年後の2002年の富士登山競争でした。相変わらず圧倒的な強さで連覇を続けているようでしたので、この年は彼女に付いて行くことは初めからあきらめていました。スタートして500m過ぎに抜かれたあとも、追いかけずにマイペースでゆっくりと走り続けて、5合目通過は彼女から約8分遅れのタイム。充分に余力を持って後半の山岳地帯へと突入したのですが、どうやら私には登山適正が全くなかったようですね(×_×)。足がツルツルと滑ってしまい思うように速く歩けず、面白いように後続ランナーにも抜かれ続け、8合目以降はエネルギー切れでフラフラになりながら4時間12分での完走でした。一時は4時間30分以内の制限時間以内の完走をあきらめかけたほどで、ゴール後は本当にぐったりでした。りかちゃんから1時間以上遅れてのゴールだったこともあり、下山したころにはまたもやすでに表彰式は終わっていました…。なんて強いんだろう!
その後2003年度から、私もようやく各地のフルマラソン大会でコンスタントに優勝できるようになれて、ようやくりかちゃんに覚えてもらうこともできました(笑)。平地レースではたとえアップダウンの激しいコースでも負ける気はしませんが、逆に山岳レースとなると先着できるイメージがいまだに持てません。ある意味、フルマラソンでポーラ・ラドクリフ選手に先着するほうが可能性があるような…?また、富士登山競争にお互い出場する機会があれば、次こそりかちゃんの表彰式に間に合いたいですね(笑)!
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